松下村塾の高杉晋作はただのテロリストで、田村淳の先祖だった。

松下村塾の高杉晋作はただのテロリストで、田村淳の先祖だった。

今回は、高杉晋作と田村淳、松下村塾についてです。

現在、有名芸能人が、歴史上の偉人に似ているとTwitterでは次々と暴かれています。

ヒロミが「木戸孝允(桂小五郎)」に、ロンドンブーツの田村淳が「高杉晋作」にそっくりでした。

高杉晋作も木戸孝允も、「松下村塾」の塾生で、吉田松陰の弟子です。

吉田松陰は「尊皇攘夷」を掲げた人物です。「明治維新」は、松陰の思想に基づいて実行されたと言っても過言ではありません。

まず、彼は「一君万民論」を考え出しました。

これは「天皇にのみ」権力と権威を与えて、その下の庶民・家臣たちには一切の権利も認めず、身分差も差別もない、とするものです。

——————————こちらから転載

一君万民論(いっくんばんみんろん)とは、ただ一人の君主にのみ生来の権威・権限を認め、その他の臣下・人民の間には原則として一切の差別・身分差を認めないとする思想・主張である。

日本では律令制に由来し、幕末には吉田松陰などが唱え、討幕派の志士により広く支持された。

——————————

つまり、「天皇が神だ」と言いたかった訳ですね。

次に、「飛耳長目」と言って、「情報を収集して将来の判断材料にしなさい」と説きました。吉田松陰は「有名な藩にスパイを送り込み、情報を集めろ」とまで主張していたそうです。

——————————こちらから転載

塾生には、常に情報を収集し将来の判断材料にせよと説いた。これが松陰の「飛耳長目(ひじちょうもく)」である。

自身東北から九州まで脚を伸ばし各地の動静を探った。萩の野山獄に監禁後は、弟子たちに触覚の役割をさせていた。長州藩に対しても主要藩へ情報探索者を送り込むことを進言し、

——————————

最後に、「草莽崛起」なるスローガンも編み出したとされています。

これは、「当時の武士以外の、在野の人たちが一丸となって日本を変えていかないといけない」というものでした。

——————————

「草莽(そうもう)」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指す。「崛起(くっき)」は一斉に立ち上がることを指し、「在野の人よ、立ち上がれ」の意。

——————————

この「松下村塾」や高杉晋作などをやたらともてはやす人たちがいます。「司馬遼太郎」や「与国秀行」、日本会議系の人たちです。

本当にそんなにすごい人なんだろうか?と思ってふたを開けて見ると、全然そんなことはありませんでした。

はっきりと言って、松下村塾はただの「犯罪者の巣窟」です。「李家のクーデター」を成功させて、日本国民を奴隷にした張本人たちに過ぎません。

田村淳とそっくりな「高杉晋作」はテロリストでした。「英国公使館焼き討ち事件」を引き起こしています。「放火犯」ですね。

——————————こちらから転載

英国公使館焼き討ち事件(えいこくこうしかんやきうちじけん)は、文久2年12月12日(1863年1月31日)江戸品川御殿山で建設中のイギリス公使館が焼打ちされた事件。

攘夷断行を幕府に促す勅使一行が江戸滞在中の11月31日、高杉ら10余人は横浜襲撃を計画したが長州藩主毛利定広の説得で中止。その後御楯組を組織し勅使らが江戸を離れた後実行した。

隊長:高杉晋作
副将:久坂玄瑞
火付け役:井上馨、伊藤博文、寺島忠三郎

——————————

「高杉晋作」は「奇兵隊」を立ち上げました。なんと、「大室寅之祐」もこの「奇兵隊」の元隊員でした。

奇兵隊には「力士隊」があって、伊藤博文が隊長を務めていました。そこに所属していたとか。

また、長州藩は「禁門の変」で京都を追われて、藩全体が「幕府と共存する」という意見に傾いていました。

そこで、高杉晋作が「功山寺挙兵」なるクーデターを引き起こして、一気に長州藩は「倒幕」に突き進みます。

つまり、高杉晋作がいなければ、明治維新は「幕府と薩長の合同で行われた」可能性が高いです。

彼はそれを止めた、つまり「李家のクーデターのきっかけを作った」人物なのです。

ただ、木戸孝允や高杉晋作がそこまで大したことをやっていないのに、イルミナティの間でもてはやされるのは不自然です。

田村淳は「高杉晋作」の銅像を訪れて写真を撮っており、高杉を尊敬していると豪語していました。これは単に自分の先祖を持ち上げているだけです。

高杉晋作は「アーネスト・サトウ」に「悪魔のように傲然とした男だ」と評されています。

——————————こちらから転載

「日本の使者の態度に次第に現れてきた変化を観察すると、なかなかおもしろい。使者は、艦上に足を踏み入れた時は悪魔(ルシフェル)のように傲然としていたのだが、

——————————-

田村淳の別名も「芸能界の悪魔」だそうです。わかってやっているとしか思えません。

——————————こちらから転載

田村淳とは、日本のお笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」のボケ担当である。相方は田村亮。

別名:芸能界の悪魔

——————————

また、田村淳の家紋は「梅家紋」でした。

梅は「李家」のシンボルです。

「道教」は「李家」の老子(李耳)が立ち上げた宗教で、老子は「母親が梅の木にもたれかかったとき」に生まれています。

やはり彼も「李家」なのでしょう。

ただの芸人なのに「安倍晋三」とツーショット写真を撮れたのもそういう訳です。

安倍晋三も「大室寅之祐」とは近い間柄でした。

「明治維新」で、「大室寅之祐」は明治天皇にすり替わって、この日本は田布施一味が支配するようになりました。

で、大室寅之祐は「李氏朝鮮」の末裔で、李家でユダヤ人でした。

つまり、明治維新とは「李家のクーデター」だった訳です。

田村淳も「李家」だから、同族の「安倍晋三」と仲良しなのではないか、と考えられるわけです。

明治維新と聞くと、どうしても私は「日本が近代化、西洋化して庶民は豊かになったし、幸福になった」と洗脳されていました。

ところが、その実態は単に上級国民、李家だけが得をして、庶民は江戸時代から続けて搾取され続けただけの茶番劇なのです。

1件の返信

【RAPT理論より】松下村塾の高杉晋作はただのテロリストで、田村淳の先祖だった。 – 陰謀論の正体どっとこむ へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

©Copyright 2020 Giorno Di Gioia All Rights Reserved.