上級国民の核心人物、麻生太郎と吉田茂の闇(桜を見る会は麻生太郎の罠の可能性大。)

上級国民の核心人物、麻生太郎と吉田茂の闇(桜を見る会は麻生太郎の罠の可能性大。)

今回は、「麻生太郎」について音声でお伝えしています。

これまでRAPT BLOGでは麻生太郎の悪事について、様々な観点から暴かれてきました。

天皇家一族の重鎮「麻生太郎」という巨悪。

「麻生太郎」こそイルミナティの計画する主要な悪事の中心的な実行犯である。

RAPT×読者対談〈第126弾〉麻生太郎と悪魔崇拝。麻生太郎がこの世界の中心になろうとしている現実。

RAPT×読者対談〈第130弾〉エボラ熱を広めた犯人は麻生太郎である。(現代日本を支配する藤原家=麻生家の闇)

今回は、彼が財界に対してかなりの権力を持っていることや、麻生家の出自の謎に迫ってみます。

まず最初に、今世間で騒がれている「桜を見る会」について触れておきます。

ここ最近、急に「桜を見る会」の税金の私物化がマスコミ等によって叩かれ始めました。

では、その「桜を見る会叩き」を仕掛けた犯人は誰なのか。

それが「麻生太郎」である可能性が高いのです。

この「桜を見る会」が騒がれる発端となったのは「増え続ける会の予算と支出額」でした。

こちらから転載

この「桜を見る会」は税金で行われる行事です。

費用がそれで賄われるならば、当然「財務省」が右肩上がりに増加する「予算と支出」に目を通して、何らかの指摘をするはずです。

——————————–こちらから転載

一般的に、予算を要求する際は前年度の支出を参考にします。14年に支出額が3005万円だった時点で、通常の感覚なら要求予算額を増やすものです。

しかし、19年まで予算額は1766万円のままで実際の支出は増えているのですから、不審に思われても仕方ないでしょう。こんなに大幅に予算オーバーするなんて、プロジェクトの予算管理としては大失敗です。

通常なら財務省から大目玉を食らいますし、会計検査院も黙っていません。今回は見過ごしていたということなのでしょうか?

——————————–

しかし、財務省はそれをなぜかスルーして、今回野党や報道各社に騒がれるまでになった。指摘する立場にあるはずの財務大臣は、「麻生太郎」です。

つまり、「麻生太郎」が費用の増加を知っておきながら、あえて増え続けるままにしておくことで、後から大問題だと騒ぐことができるように「安倍晋三」を罠にはめたのではないか、と考えられます。

桜を見る会について報道が始まる前から、安倍は「森友文書」や「籠池泰典の会見」、「民間試験問題」でかなり弱り切っていました。

そこでさらに「桜を見る会」の問題をたきつけることで、麻生太郎が「安倍おろし」をしているのではないか、と思えるのです。

もう一つ、そのように言える根拠として、「桜を見る会」の成り立ちにやたらと「麻生太郎」と関係の深い面々が関わっています。

まず、首相として初めて「桜を見る会」を開催したのは「吉田茂」でした。

彼は麻生太郎の「祖父」ですね。

——————————–こちらから転載

桜を見る会の前身として「観桜会」がある。この観桜会は1881年(明治14年)に吹上御所で「観桜御宴」が行われたのを前史とし、1883年(明治16年)から1916年(大正5年)までは浜離宮、1917年(大正6年)から1938年(昭和13年)までは新宿御苑に会場を移し、いずれも国際親善を目的として皇室主催で行われていた。

この観桜会を復活させる形で1952年(昭和27年)に吉田茂が総理大臣主催の会として始めたのが「桜を見る会」である。

——————————–

さらに歴史をさかのぼると、天皇家で「花見」を始めて催したのが「嵯峨天皇」だとされています。

——————————–こちらから転載

『日本後紀』には、嵯峨天皇が812年3月28日(弘仁3年2月12日)に神泉苑にて「花宴の節(せち)」を催したとある。時期的に花は桜が主役であったと思われ、これが記録に残る花見の初出と考えられている。

——————————–

「嵯峨天皇」が「太郎」という名前を最初に使用した張本人でした。「麻生太郎」と密接な繋がりを持つ人物です。

——————————–こちらから転載

そもそも、「麻生太郎」の「太郎」という名前を最初に作り出したのも、実は「嵯峨天皇」なのです。
 
---------------------(以下、こちらから転載)
 
太郎(たろう)は日本語の男性名。本来は長男を意味する輩行名で、当該の人物に個人名としてもつけられる。
 
日本において太郎という人名が登場したのは、嵯峨天皇が第一皇子の幼名に命名したのが初見とされる。
 
---------------------(転載ここまで)

——————————–

「麻生家」とゆかりの深い「桜を見る会」を使って、「麻生太郎」が安倍晋三を陥れたことを暗示しています。

で、このまま仮に安倍晋三が政権の座から降りた後に考えられる流れとして、以下のようなことがあり得ます。

野党に政権を取らせてから、彼らに「日米FTA」を締結させたり、「人工地震」を起こします。

他にも、何か別の悪巧みを行った上で、それらへの政府の対応を批判して、「民主党政権」が崩壊した時のように、

自民党が選挙で再び勝利して、安倍に代わってあわよくば「麻生太郎」が首相の座に返り咲こうとしているのではないかと考えられます。

そのような計画を立てている可能性があります。

実際に、「自民党」が政権から離れた際、「阪神淡路大震災」や「東日本大震災」が起きています。その後に自民党は政権を取って、それに伴って「麻生太郎」も入閣しています。

——————————–こちらから転載

「東日本大震災」と「阪神大震災」のときに、全く同じような政権交代が起きているのです。

しかも、驚くなかれ。

「阪神大震災」が起きた翌年に、「麻生太郎」が「経済企画庁長官」として初入閣しています。

そして、「東日本大震災」が起きた翌年にも、「麻生太郎」が「副総理」兼「財務大臣」兼「金融担当大臣」として入閣しているのです。

つまり、これらの「大震災」が起きたときには、なぜか「自民党」が政権から離れていて、「大震災」の責任の追求を免れ、「大震災」が起きた翌年に「自民党」が政権を再び取り戻し、かつ「麻生太郎」が「内閣」に入り込んでいるのです。

偶然にしては余りに偶然すぎることが起きているのです。

——————————–

仮に「人工地震」ではないとしても、麻生太郎は何らかの大きな悪事を目論んでいるでしょう。

安倍政権が潰れた場合、次に誰が最も権力の座につきたがっているかと考えれば、麻生太郎の名前が思い浮かびます。そして、麻生太郎は巨悪を働いてきた人物ですから、これからもとんでもない悪を決行する可能性は十分にあります。

さて、そんな麻生太郎は「財界」にも強力に根を張っています。

彼は「九州電力」から献金を受けていました。実父の「麻生太賀吉」も同社の初代会長です。

——————————–こちらから転載

麻生太郎副総理兼財務相が支部長を務める自民党支部が2010年から12年の3年間で、九州電力と関係の深い企業から192万円の献金を受け取っていた

実父で、福岡県飯塚市で炭鉱を営んでいた麻生太賀吉氏は、九電の初代会長実弟の麻生泰氏(麻生セメント前社長)は、玄海原発の運転再開をめぐる「やらせメール」事件で九州経済連合会の会長を辞任した松尾新吾九電前会長の後を継いで昨年、九電出身者以外で初めて九経連会長に就任、

——————————–

「九州電力」の会長は「九州経済連合会」の会長も務めています。

——————————–こちらから転載

歴代会長
初代 安川第五郎
2代目 瓦林潔(1973年 – )
3代目 永倉三郎(1985年 – )
4代目 川合辰雄(1989年 – )
5代目 大野茂(1997年 – )
6代目 鎌田迪貞(2003年 – )
7代目 松尾新吾(2009年 – )
8代目 麻生泰(2013年 – )

会長には初代の安川第五郎より第7代の松尾新吾までは九州電力の会長が就任している。

——————————–

そして、現在の「九経連」の会長は麻生太郎の弟「麻生泰」です。

つまり、「九経連」と「九州電力」は表裏一体の団体で、「九州電力」は「麻生太郎」に献金をしており、「九経連」にも「麻生太郎の弟」が会長として就任しているのです。

つまり、九州の電力業界はほとんど「麻生家」によって牛耳られている訳です。

さらに言うと、麻生太郎は様々な企業の「大株主」でもあります。

「財務大臣」になると、以下のような企業の株を自動的に所有できるようになっています。

いかがですか。どれも大企業と呼んでも差し支えないものばかりです。これだけ様々な業界にわたって手を伸ばしていれば、大きく力を行使できます。

で、この中の「日本政策投資銀行(DBJ)」と「日本政策金融公庫(JFC)」が麻生太郎による「税金の私物化」の温床となっています。

DBJとJFCは「政府系金融機関」と呼ばれていて、税金で経営されている銀行です。

で、このDBJが「九州電力の株」を「1000億円」も引き受けています。

——————————–こちらから転載

4月30日、電力会社10社の2014年3月期決算が一斉に発表される中、北海道電力が500億円、九州電力が1000億円の優先株を発行すると発表した。引き受けるのは、政府が100%出資する日本政策投資銀行だ。

——————————–

株を1000億円引き受けたのは、「1000億円分の株を購入して、企業に投資した」ことを意味します。つまり、この時にDBJは1000億円もの投資を「九州電力」に行っているのです。

この怪しげな取引が行われたのが「2014年」のことでした。この時点で、財務大臣は麻生太郎でした。

となると、麻生太郎がDBJを経由して、税金を「九州電力」に流し込んでいたのではないか、と考えられます。

それだけではありません。なんと「2018年」と「2019年」にはDBJが「麻生セメント」に融資を行っているのです!

——————————–こちらこちら転載

株式会社日本政策投資銀行(以下「DBJ」という。)は、麻生セメント株式会社(本社:福岡県福岡市、代表取締役社長:麻生巌、以下「当社」という。)に対し、「地域元気プログラム」に基づく融資を実施しました。

——————————–

「麻生セメント」は麻生太郎の甥「麻生巌」が社長を務めるバリバリの「麻生家」の企業です。

——————————–こちらから転載

代表取締役会長 麻生 泰
代表取締役社長 麻生 巖

——————————–

先ほども申し上げた通りDBJは「政府系金融機関」です。税金で賄われています。その銀行が「麻生太郎」の同族企業に融資していたことになります。

これこそまさに「税金の私物化」だ、と批判されてもおかしくない案件に思えますが、どうなんでしょう。

そして、JFCもまた別の方面で、麻生太郎の儲けに一役買っています。

JFCは「北海道地震」で被災した中小企業、小規模事業者に対して「」

——————————–こちらから転載

日本政策金融公庫(略称:日本公庫)は、9 月 6 日付で、このたびの地震により被害を受けた北海道内に事業所を有する中小企業・小規模事業者の皆さまを対象に、

「平成 30 年北海道胆振東部地震に係る災害に関する特別相談窓口」を北海道内の全支店に設置し、「災害復旧貸付」の取り扱いを開始しました

——————————–

こちらから転載

RAPTさんが解き明かしてくださいましたが、「北海道地震」は紛れもない「人工地震」で、しかもその犯人は「麻生太郎」でした。

TALK RADIO 〈Vol.10〉 北海道地震と大阪地震は100%人工地震である。 (真犯人は麻生太郎・安倍晋三・東出融)

その人工地震の張本人が、自らの支配下にあるJFCから利子付きでお金を貸していた、ということになります。

壮大な「悪のマッチポンプ」だと言わざるを得ません。いちいちスケールが大きすぎて驚愕します。

このように麻生太郎は税金を私物化し、利益を得るためなら手段を選ばず様々な悪を行っています。

そもそも、今「麻生家」が栄えているのも、代々悪魔的な方法で富を築き上げてきたからでした。祖父の吉田茂とその血縁者が「戦争」で、父親の太賀吉は「タコ部屋労働」で大儲けしているのです。

吉田茂が首相を務めていた際に「朝鮮戦争」が勃発しました。

このときに、米軍から軍用品を受注生産していたのが当時の「日本」です。その中でも特に「三菱重工」や「小松製作所」が発注を請け負って巨利を得ていたと言われています。これを「朝鮮特需」と呼びます。

——————————–こちらから転載

また、三菱重工や小松製作所などの国内主要軍事(防衛)産業は、朝鮮特需と1950年に発足した警察予備隊に供与された車輌(M4A3E8中戦車、M24軽戦車など)保守整備や修理を請け負い、米国の製造技術等を吸収し、戦後空白期の技術の遅れを取り戻しつつ、後に、ST(61式戦車)などを製造した。

そういう意味では日本の産業界の工場生産においては大転換期であり、戦後の高度経済成長の礎となった

——————————–

問題は「小松製作所」です。なんと、同社の設立に「吉田茂」の兄が関与しているのです。それが「竹内明太郎」です。

——————————–こちらから転載

竹内 明太郎(たけうち めいたろう、安政7年2月28日〈1860年3月20日〉 – 1928年〈昭和3年〉3月23日)は、現在の高知県宿毛市出身の明治・大正期の実業家・衆議院議員。早稲田大学理工学部設立者。竹内綱の長男で吉田茂の兄(異母兄とも)。麻生太郎の大伯父

1917年に遊泉寺銅山の附属施設として小松鉄工所(後の小松製作所)を設立した

——————————–

つまり、戦争の裏で密かに、「麻生家」が軍需品の生産で大儲けしていた可能性があるのです。

実父の「麻生太賀吉」も、麻生鉱業の社長でした。この麻生鉱業も、「納屋制度」といういわゆる「タコ部屋労働」をさせて、賃金をまともに払っていなかったと明らかになっています。

——————————–こちらから転載

関連会社である麻生鉱業社長と麻生セメント社長を務め、人権を無視した納屋制度により、莫大な利益を得た。戦後の1951年(昭和26年)には九州財界の重鎮である九州電力会長に就任している。

——————————–こちらから転載

戦前、納屋制度などがあり労働環境が劣悪だとして問題になることがあった。筑豊地方において同社は三菱系についで朝鮮人炭鉱労働者、被差別部落民が多かった。1932年7月25日には朝鮮人による労働争議が起き、これは筑豊全体に広がる大規模なものであった。この背景としては以下のようなものが挙げられる。

長時間労働で危険な仕事にもかかわらず他の炭鉱より安い賃金(他の炭鉱の二分の一ほどの給与)

さらに朝鮮人労働者は給料が2割カットされていた。

食事や住居等最悪の生活環境

日常茶飯事の暴力

朝鮮人労働者の休日が無いこと。

場所によっては無給で働かされていたこと。

1939年時点で麻生炭鉱には約1000人の朝鮮人労働者がおり、労働環境は過酷でダイナマイトなどを使う危険な作業により1日に一人から二人は亡くなり、1940年代以降、朝鮮人労働者が大きく増えたため朝鮮人寮が別途あったが、自由のない収監所同然の生活だったと中央日報は主張している。

さらに賃金がまともに支給されなかったり、日常的に暴力を振るわれたりするなどした結果、1944年に福岡県が作成した「移入半島人(朝鮮人)労務者に関する調査表」によれば、過酷な労働環境により麻生鉱業の全労働者7996人のうち61.5%にのぼる4919人が逃走したとされる。

——————————–

暴力、劣悪な生活環境、賃金の未払い…「ブラック企業」も真っ青な労働条件で、麻生家は労働者をこき使っていたんですね。

麻生グループは、ここで流された労働者たちの血によって栄えている。そう考えるとゾッとします。

ちなみに、麻生太郎はDBJを使って税金を私物化していながらも、「税金逃れ」に手を染めていた疑惑もあります。

麻生太郎の甥「麻生巌」は「ニコニコ動画」を運営している「ドワンゴ」の役員でした。

——————————–こちらから転載

麻生 巌(あそう いわお、1974年7月17日 – )は、日本の実業家。学位は学士(経済学)(慶應義塾大学)。株式会社麻生代表取締役社長、株式会社ドワンゴ取締役、カドカワ株式会社社外取締役。

——————————–

そのドワンゴの会社の「資本金」が「一億円」になっています。

資本金が一億円以下だと「税法上」の「中小企業」として扱われます。

見た目は「大企業」でも、税金を扱う法律の上では中小企業としてみなされるのです。

そしてそうなれば、税金の優遇措置を受けることができます。

——————————–こちらから転載

外形標準課税は、たとえ利益が出ていない法人でも、地方団体が提供するサービスを受けている以上、その受益額に応じて税を負担しなければならないという趣旨から定められている制度であり、

利益に応じて課税額が決まる所得割とは別に、資本金等の額を課税標準とする資本割、給与や賃料等を元に計算した付加価値を課税標準とする付加価値割がかかってくる。

ドワンゴの場合、もともと資本金が106億円であったことから、仮に税務上の資本金等の額が同額であるとした場合、赤字となっているにも関わらず資本割だけで53百万円程度の税負担が生じることとなる。

しかし、ドワンゴが資本金を1億円まで減資した場合はこの外形標準課税の適用対象外となる。

つまり、資本金105億円を資本剰余金に振り替えるという会計処理を行うだけ(実際には、株主総会特別決議や債権者保護手続が必要となるが)で、50百万円以上の税負担を節税することが可能

——————————–

「国税庁」を司る財務大臣で、国家の財布を支配している麻生太郎が、「裏技」を使って親族が務める会社に税金の優遇をしていた。これだけでも騒がれるには十分な気はします。

最後に、「麻生太郎」も実は「安倍晋三」と同じく「田布施一味」の末裔であるとわかってきたので、そこに触れておきます。

「吉田茂」の母親は、「大室弥兵衛」と「ハナ」の娘だとされています。

——————————–こちらから転載

実母の身元はいまでもはっきりしない。母親は芸者だったらしいが大室弥兵衛とハナの間の娘とする説がある。

——————————–

この「大室弥兵衛」はあの田布施システムの「大室寅之祐」の父親です。

——————————–こちらから転載

山口県田布施町麻郷の大室さん 橋本龍太郎氏の祖母大室ヨネ(米)の父大室庄吉の兄大室寅之祐(東京明治天皇)

大室又兵衛(1789年3月29日生れ)の息子大室弥兵衛(1813年6月14日~1886年3月3日)が満24歳の時2代目(息子)大室文右衛門の娘ハナ(1815年12月5日~1903年2月1日) と1837年結婚し

2代目(息子)大室文右衛門家(大室本家)の養子に入って大室本家3代目として家督を継ぐ。

——————————–

つまり、吉田茂は「田布施」の大室家の血を引いている可能性があるのです。

ただし、明治天皇とすり替えられたとされる「大室寅之祐」と「大室弥兵衛」に、直接的な血縁はありません。

「大室寅之祐」は元々「岸作蔵」と「谷口スヘ」の子供でした。つまり、彼も「岸」すなわち「李家」の人だった訳です。で、「岸作蔵」は「地家」という姓の家に養子に入って、「地家作蔵」になりました。

この後に、「谷口スヘ」と「地家作蔵」が結婚して生まれたのが「地家(岸)寅之祐」です。

作蔵とスヘは離婚して、「地家(岸)寅之祐」は母親の「スヘ」が引き取りました。で、この「スヘ」と「大室弥兵衛」が再婚して、「地家」から「大室」へと名が変わっているのです。

——————————–こちらから転載

海賊某の息子作蔵(岸(ガン)作蔵であろうか?が地家吉左衛門家(1840年3月12日没)の養子となり「地家」姓を賜る。

地家作蔵(生年月日は不明(1825年生まれか?)~1887年4月24日) と興正寺基子(SUEKO)=スヘ(1831年5月1日~1855年11月20日)が1844年頃結婚する。

1850年1月10日(戸籍では庄吉の誕生日になっている)に戸籍名寅吉(普段使う通名は虎吉。後の大室寅之祐の明治天皇)をスヘの実家の西円寺にて出産。

この頃(1845年頃)作蔵が西円寺の東隣の麻郷「地家」に家を建てる。だから戸籍を作る時、「地家」の地名を苗字にした。

1854年に作蔵とスヘが離婚長男寅吉、次男庄吉をスヘが引き取り、多分西円寺の実家?へ戻る。

1855年1月 (祖父の記憶では寅吉がかぞえ6歳の時)大室弥兵衛とスヘ再婚。

——————————–

安倍晋三は「田布施」、つまり「李家」の血を引いていたから首相として長く働けたと言われていますが、「田布施一味」の末裔は安倍だけではなかった、ということなのかもしれません。

もし仮に「吉田茂」も田布施だとすれば、その孫である「麻生太郎」も在日朝鮮人で、田布施の末裔なのでこれだけ強大な権力を手にすることができたのではないか、と考えられます。

そしてそれを示す根拠として、「一度首相を辞任した後、再登板してその座に返り咲いた戦後の総理大臣」は「吉田茂」と「安倍晋三」だけでした。

——————————–こちらから転載

戦後に内閣総理大臣を一旦退任した後で再登板した例は、吉田と安倍晋三の2人のみである。

——————————–

この国では、結局のところ「田布施一味」しか権力者にはなれないのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

©Copyright 2020 Giorno Di Gioia All Rights Reserved.