RAPT BLOGに出会って起きた変化について。

RAPT BLOGに出会って起きた変化について。

今回は、私がRAPT BLOGに出会い、聖書と御言葉を聞く中で自分に起きた変化について、お話しさせていただきます。

私が初めてBLOGを読んだのは、大学三年生の時でした。

元々、古代エジプトや日本の歴史を齧っていたこともあり、それらについての記事を読んだ時、衝撃を覚えたことを今でも覚えています。

古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。

何しろ、この世の学者や教師、マスコミの言論人ができないようなレベルの話を次から次へとなさるので、「一体この人はどういう人なのだろう」と思いました。

とにかく、話のレベルが完全に人間の知恵を超えているとしか思えなかったのです。

ありとあらゆる観点から、イルミナティのことについて縦横無尽に語りつくす様を見て、圧倒されました。

そして、ここまで世の中のことを語れる人の話なら聞いてみたいと思い、有料記事を購入し始めました。

ただ、最初は御言葉を聞くだけで、実践できていませんでした。

その例の一つとして、大学時代に取り組んだ「就職活動」が挙げられます。

私は大学三年生の後半くらいから、活動を始めました。

最初は、世の中の企業に入って出世して、富や名誉を得たい、成功したいと考えていました。

しかし、「本当にその道に行ったら幸せなのだろうか?成功するのだろうか?」という疑問も、同時に抱いていました。

正直なところ、自分はそこまでそれらを手に入れたいと、執着心を抱けなかったからです。

そのようなモヤモヤした感覚の中で、最初は「マスコミ」関係の仕事をしたいなと思って、就職試験を受けては見たものの、結果は惨敗。

今になって考えてみると、その道に行かないように神様が止めてくださっていたのだな、とわかります。

たとえテレビ局や新聞社に入って、記者として働いたとしても、確実に自分の書きたいことは書けなくなり、いずれ苦しくなるのは目に見えています。

場合によっては完全にイルミナティに取り込まれて、救いを失ってしまうことにもなりかねません。生長の家に取り込まれてしまった言論人たちが、そのモデルケースです。

彼らは一時的には有名になって、富も得られるかもしれません。

しかし、その繁栄は長続きせず、最後は悲惨な末路を辿ることになります。

例えば、マスコミである程度人気を獲得している「池上彰」を取り上げてみましょう。彼はテレビに出たり、本を出版したりしてそれなりに活躍し、成功を収めていると言えます。

しかし、昨年の11月に彼が「生長の家」と繋がっていたことが暴かれました。

仮に今、「池上彰」の話を聞く人がいたとしても、 「生長の家」と繋がっているという情報は広まっていきます。そうすると、当然彼の話を聞く人はどんどんいなくなってしまいます。自動的にこれまで得てきた富も名声も失うという目に遭います。

なぜなら、「生長の家」は完全にカルトだと判明してしまったからです。そしてこの事実は確実に、日本全国にあまねく浸透していきます。

そこと繋がっている彼の評判も、当然これから地に墜ちるでしょう。

とにかく、人間的な考えでこの世の中で成功しようとしても、限界にぶつかると言うことです。

しかし、当時はこんな単純で、簡単なこともわかりませんでした。

RAPT理論を通して、とっくにマスコミの言うことは全て嘘だと、デタラメだとわかっていたにも関わらず、目の前の富や名声を求めて、道を踏み誤りそうになったのです。

それを神様が止めてくださったとわかったとき、なぜか嬉しくなりました。

普通に考えて、私は希望する就職先に行けずに、失敗したということで、落胆して終わっていたはずです。

しかし、御言葉や聖書を読み進めるうちに、神様がはっきりと存在していて、自分を導いてくださっていたとわかったことが、自分にとって何よりも大きかったからです。

RAPT有料記事107(2016年10月1日)神と富とに仕えることはできない。

つまり、この時点で私の考えが変化したことを意味しています。

「世の中の有名な会社に入って、そこで安泰に暮らせなければ、自分は幸せになれない」という思考回路が、御言葉によって打ち砕かれたのです。

私は信仰を持つ前、将来をどのように設計して、生きていけばいいのかわかりませんでした。わからないと、考えるのが苦痛になっていきます。どんどん思考が停止してしまいます。

そして、それをTVゲームやインターネットの娯楽、あるいは友達と遊んで紛らわそうとしていました。

しかし、それは一時的にその問題から目を逸らせているに過ぎません。結局後からそれらに直面する時が来て、右往左往するのがオチです。

ゲームや漫画、娯楽に溺れるのは「楽しいからやる」人もいると思います。

しかし、もっと突き詰めると「自分のやりたいこと、将来が分からず、その不安を紛らわすために」溺れるという人が大半ではないのでしょうか。

毎日を無為に生きるのではなく、はっきりとした目標を持って生きれば、それらに溺れることはなくなります。

御言葉を聞かせていただいて、従っていくうちに、何をすれば最も神様が喜ぶのかと考えるようになってから、それらがとてもつまらないものに感じるようになりました。

それよりも神様のために何をすればいいか、何をしたらもっと喜ばれるかということに意識を向けるようになると、とても楽です。

御言葉や聖書を通してその答えがすぐにでも来ますし、常に神様から見てもらえると思えば、努力することが楽しくなるからです。

つまり、御言葉から来る喜び、希望がこの世のものを上回るということです。

このように、神様の御言葉と聖書には、自分の考え方を完全に一変させてしまう力があります。

自分のために何らかの成功を掴もうと努力するのは、非常に重荷に感じられます。私はそうでした。手に入るかどうかもわからず、本当に手に入れたら幸せになれるのかもさっぱり見当がつかないもののために一生懸命努力するというのは本当に苦痛です。

皆さんの中にも、何か生活や人生について、大きな問題、限界にぶつかっていて思い悩んでいる方がいらっしゃるのではないのでしょうか。

そして、それらの「答え」が考えても考えても思いつかないと、途方に暮れていませんでしょうか。

RAPTさんは練達を受けられた中で、そして様々な問題にぶつかっても常に聖書と神様の御言葉に従うことで、それらを解決なさってきました。私はその体験を聞いて理解したとき、 「ただ神様に従いさえすれば、全てがうまくいく」と思えるようになりました。

RAPT有料記事297(2018年7月28日)主の御言葉に従う者だけが真の成功を手に入れ、全ての願いを叶えて生きられる。

御言葉を聞いて答えを得て、「考え」が変われば、自分の身に起きた悪いことも、後からその意味がわかってきます。

実際に、私は御言葉から答えを得て、「個性・才能を伸ばして天の文化芸術をなす」活動を始めています。

RAPT有料記事139(2017年1月21日)自分の中に眠っている個性と才能を開花させてこそ、真の救いが完成する。

RAPT有料記事375(2019年5月20日)どんなにテクノロジーが進歩したとしても、ロボットが天の文化・芸術を成すことは不可能だ。だから天の文化・芸術を成す人だけが、この世で絶大な影響力を持つようになるだろう。

具体的な目標を持ち、それを達成しようとする生活を始めています。

RAPT BLOGにはその「答え」が理路整然と、精密に書き記されています。

今の時点でもかなり色々なことがわかっておりますので、いずれ記事という形で発表していくつもりです。

この文章を読んでくださった中で、ピンと来た方は、ぜひRAPT BLOGの有料記事のご購読を検討ください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

2件の返信

  1. こんの より:

    にしださんの声を聞いたときラプトさんと対談されていた方だと知り嬉しくなりました
    勇気あるにしださん達の活動でラプトブログを知る人が増えてきていることを感じます
    私はといえば家族友人にさえ伝えられず 伝え方が悪いから拒絶されてしまいます
    大切な人たちに一日でも早く真実が伝わるように神様にお祈りしています

  2. からし種 より:

    こんにちわ!
    私も西田さんのお声を聞いたとたんに、ラプトさんと対談されていた方だとすぐ分かりました。あの時23歳でいらしたのですね。
    お若くて頭の回転の速い素晴らしい方々がご活躍されはじめているのを知って、心から心から嬉しく思っています。ラプト理論が広がり、サタンの支配するこの地球がひっくり返り、全てが神様の支配下で動き始めますように祈っています。義人の祈りと実践が何より大事な時が来ているのですね。ご活躍応援しています!

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